takuyas | Tumblr

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/30(月) 22:26:20.59 ID:kcN3RvXv0
中高生オタの特徴

・リアルで2chやニコニコ動画で使われてるスラングをやたらと使いたがる
 例:「○○涙目wwww」「なんぞこれー」

・若いうちにオタ文化に触れる事が偉い、スゴいなどと勘違いしている
 例:「俺中学生の時にコミケ行ったしwwwwww」
 例:「アキバ行ってきたwwww俺おわたwwww」

・18歳未満でエロゲーをすることに優越感を感じる
 例:「昨日Amazonから届いたアレやべーわwwwエロイわ、うん、アレwww」

・やたらと性癖アピールする
 例:「俺ガチでロリコンだからwwwwwww幼女幼女wwwwwwww」

・自分がオタであることをアピールしたくてたまらない、自己主張が激しい
 例:アニソンを校内放送で流す、キャラクターの下敷きを持ってきて堂々と使う
 例:「俺なんかネギま、ウミショー、ハヤテのごとく、バンブーブレード、
瀬戸の花嫁、みなみけ、げんしけん、NHKにようこその漫画本が見つかったとき家族からロリコン、ヲタクとか罵られまくったぜ?」

・自分が属する所とその一つ下の所との間には大きな壁があると思い込む
 例:「○○が好きとか言ってるヤツはにわか」

・2chにて学校で起こったオタ関連の事件を報告する
 例:「文化祭のポスターにハルヒが書いてあったwwwこんな学校他にねぇよwww」
 例:「体育祭でもってけセーラー服のダンスを踊った俺の学校が最強」
 例:「メイドカフェが毎年催されていた俺の学校はどうすればいいんだ…」

大抵、こういう発言の文末には自分の学校が特別と勘違いしている傾向が多く見られる

appbank:

hsmt:


kazcorp:

ntdsk:

gkojax:

masaka:

mutuki0:

oharico:

shinoddddd:

shiroid:

yu5yam:

extramegane:

zenigata:

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クチコミに関する以下の名言が結構好きですよ。どこで見たかちょっと忘れたのですが…。

【クチコミを起こさない方法】
100人にメッセージを伝えて、10%の人が好きになってくれるように祈る。

【クチコミを起こす方法】
確実にこの商品のことを愛してくれる10人に伝える。

意図的にクチコミを起こすことが難しいことは重々承知ですが、「露出」とあわせて「熱量」もあわせて考えるべき時代ですよね。この名言はそ れをうまいこと言い表しているのではないですかね。

696 : コンゴウフグ(千葉県):2010/05/01(土) 14:23:41.18 ID:2sPMoC+k
行動経済学おもしれええwwwwww
2010/03/01 スチーム速報VIP

選択1)他人がたくさん儲けて、自分もそこそこ儲ける
選択2)他人は 儲からないが、自分も儲からない

この2つの選択を、上手に隠してアンケートすると、日本人は選択2を選ぶケースが多いようです。自分の利 益を捨ててでも他人の儲けを阻止したがる人が多いとの事。自分の利益最大化を考えた場合の合理的行動は選択1なんですが、他人の利益が自分にとってはマイ ナスの評価となるのかな。

行動経済学という分野で、見つかった、人間の非合理性ですね。ちなみに、調査対象は日本人。日本人固有なのかは 知らない。子供はほとんどが選択1なのに年齢を重ねるにつれて選択2を選ぶ人が増えるそうで、学習によってこのような非合理性を体得していくみたいです。


フリーライダー - Wikipedia

実験経済学での日米比較実験によると、日本人はアメリカ人と比べ、自分が損をしてもフリーライドする人の足を引っ張る傾向にある[2]。

東大卒イケメン社長「YouTubeは米国でヒーロー、Winnyは犯罪者」「日本から次のGoogleは出てこない」 - (´A`)<咳をしてもゆとり (via kirisaki)

よくいう、定時で帰ろうとするとムニャムニャ言われるのとか、有休取ろうとするとムニャムニャ言われるのとかも似た理由かな。「みんな大変なんだからお前も苦しめ」みたいな。僕学生だし実際のところはどうか知らないけど…この件に限らず「みんな大変なんだ」から始まる言葉は無視したほうがよさそう。

(via yamatema) (via featherogs) (via atorioum) (via masaka) (via yudaimori) (via tomine) (via girio)

(via omoro) (via yaruo)
恐ろしいもので、残業というのはある一点を過ぎると、逆にひどく充実して達成感を
得られてしまい、それが無いと不安で落ち着かなくなる。
ランニングハイならぬ残業ハイだ。
働き方革命 - Joe’s Labo (via ginzuna) (via nakano) (via vmconverter) (via petapeta) (via gkojax) (via nagas)
2009-06-02 (via gkojay) (via takaakik) (via appbank) (via yaruo)

七つの女の子と話をしていたら、作文が終わらなくて困っているという。彼女は小さい子にしては要領よく話すんだけれども、なにしろ七歳は七歳なので、話がくどい。しかもしょっちゅう脱線する。最後まで聞いて推測するに、どうやら何を書いて何を省くかがわからないので作文が長くなっている、ということらしかった。

学校の授業の作文で七五三の話を書くことにして、けれども原稿用紙六枚書いてもまだ、当日の朝ごはんが終わらない。メニューとその匂い、湯気のようす、パンの焼き加減の好みに関する主張で六枚目が終わってしまった。今までのぶんを捨てて書き直すべきか、という意味のことを、彼女は言う。読ませて頂戴というと、ずいぶんとはずかしがってから、結局読ませてくれた。

八枚切りのパンを焦げるぎりぎりのところまで熱してからバターを塗り、しみこませて食べる、ジャムはパンに塗るべきではない、ヨーグルトにいっぱい入れたほうがいい、なぜなら赤(いちごジャム)やむらさき(ブルーベリージャム)が白いのに混ざるのがおもしろいから、あと、わざとちゃんと混ぜないで甘いところと甘くないところをつくる、生の食パンとか意味わからない、不味い、というようなことが延々と書いてあって、私はいたく感動した。ニコルソン・ベイカーみたいだ。徹底した脈絡のなさがすばらしくリアル。他者の価値観を一顧だにしない主観がなんてクール。

たぶん彼女は記憶と思考を選ぶことが、まだうまくできないのだ。それに抽象概念の操作にも慣れていない。だから頭の中を時間軸だけで切り取ったような文章を書いている。

これはすごくいい文章だよ、と私は言った。七五三なんか放っておいたっていいじゃない、ここはひとつ朝ごはんまででいこうよ、捨てちゃうのもったいないよ。私がそう提案すると、彼女は重々しくうなずいて、まあね、これ自分でもわりと気に入ってる、と言った。

でも彼女はそういう作文を書きつづけるにはいかないことをちゃんと知っていて、きれいにまとまった文章を作る方法を知りたがってもいた。だから私は作文を終わらせる方法を教えることにした。

あのさ、まず書くことを決めるじゃない、最初に。七五三とか。で、書くことの前とか後とかあるでしょう。七五三の日の朝ごはんみたいなこと。それはちょっと短くする。どうやって短くするかっていうと、八枚切りのパンを反りかえるまで焼いてから反対側もちょっとあぶって、それからバターをつけて、って書きたいところを、お父さんとお母さんと一緒にパンを食べました、って書くんだ。もちろんお母さんが起きてからよくわからない部屋着に着替えてそれから出かける格好になることの謎についてとか、お父さんのひげそりの音が変化に富んでいて魅力的だということとかは書かない。もっと省きたかったら、ただ「朝ごはんをすませて」、って書く。文いっこもいらない。

もっと短くしたかったら、と彼女は訊いた。私は彼女の真似をして重々しくうなずき、「支度をして家族みんなで家を出ました」って書くの、と言った。もっと、と彼女が言うので、神社の階段を登っているところから始めてもいい、と私は教えた。もちろん一日は朝起きたところからはじまる、でも作文では石段に足をかけたところからはじめてもいい、なんなら帰ってきたところからでもいい。

彼女はやはり重々しくうなずき、ありがとう、と言った。どういたしましてと私はこたえた。

でもそれはほんとうはつまらないことなのだ。誰かの要求にあわせて作文を刈りこむなんて、書く意味があることとないことをふるいわけるなんて、所定の枚数にきれいにおさめるなんて。思いついたことは思いついた順に全部書けばいいんだけどな、と思う。

(via expo7000)

(via expo7000)

yaruo:

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jinon:

nakano:

ssbt:

k32ru:

yzat:

【18枚】 チョムスキー先生の名言とか(FTKST Magazine)
yaruo:

mnky:


toukubo:


yu5yam:


pdl2h:

(via slashpot)

僕は、大多数の美大生がそうであったように、図工の時間が大好きでした。褒められたくて、モノを作っていました。だからといって別に「良くできました◎」が欲しかった訳ではありません。「すごい上手だねぇ!」とか「どうやって作ったの、これ?」とかそういう、たった一つの「感動」が欲しかっただけです。
なんとなくで、グラフィックデザイン科に入った僕は、大学で4年間勉強しても、デザインがなんなのかさっぱりよくわかりませんでした。

いつも、考えていたんだけどね。「デザインがもっと世の中に必要とされる時代が来る。」と言うデザイナーがいます。それは本当でしょうか?デザインをすることによって壊されたものを、最近僕はいくつも見かけます。そんな時代来なくていいよ。なんて思うこともあったりなかったり。

僕は、これからもあの「図工の時間」と変わらない気持ちでモノを作り続けたいです。ただそれで、大体幸せです。誰かに褒められればもっと幸せです。世間に褒められれば、それは儲けもんでしょうね。